2015.08.14

8月13日(木)公開記念舞台挨拶レポート

8月13日(木)公開記念舞台挨拶の模様を以下にまとました。
ぜひ、ご覧ください。

【舞台挨拶概要】
■実施日:2015年8月13日(木)15:40~16:05
■場所:新宿ピカデリー スクリーン1 
■ご登壇者:役所広司様、本木雅弘様、松坂桃李様、原田眞人監督
■MC:mic

◆ご挨拶
役所:今日はお暑い中、この映画を選んで来てくださって本当にありがとうございます。お客さんが入って映画が完成すると思っておりますので、これからもこの映画がたくさんの人に観ていただけるよう、皆さんぜひいろいろな方に勧めてください。今日は本当にありがとうございました。

本木:皆さま、天候が不安定な中、足を運んでくださりありがとうございます。映画が公開されてから、自分のところにも映画関係者の方から、また同級生から、といろいろなメールが届き、反応が見えてほっとしています。今日はよろしくお願いします。

MC:以前の舞台挨拶では、「2回目、3回目をご覧になると良い」とおっしゃってくださいましたが、(観客に向けて)すでに2回目以降という方いらっしゃいますか?

本木:(多くの手が挙がったことに)すごい!もうすでに!ありがとうございます。

松坂:皆さま、本日は貴重なお時間の中、足を運んでくださりありがとうございます。今2回目以降のお客様もいると聞いて、本当に嬉しく思っております。ぜひ3回目もよろしくお願いします。今日は本当にありがとうございます。

原田:本日はありがとうございます。今(上映されている)『ジュラシック・ワールド』は、日本全国800館で公開されています。一方で、この映画は210館で座席数がだいぶ少ないんです。つまり“800頭の恐竜に対して、竹槍をもって210人が戦っている”のですが、これが結構いい勝負になっています。これからもいろいろ宜しくお願いします。

MC:ここでひとつ嬉しいニュースについてご紹介させていただきます。さきほど、原田監督からも館数のお話がありましたが、先週8日に公開された本作ですが、公開から5日目の12日の時点で、すでに25万人の方にご覧いただくことができました。そして明後日15日からは、約50クスリーン増えての拡大公開となります!

ということで、本木さんも先ほどおっしゃってくださいましたが、本当にたくさんの方からの反応が皆さんのもとに届いているのではないかと思います。まずは役所さんと本木さんに周りの方の声について伺わせてください。

役所:水野晴郎さんに似ていると言われて、ちょっとショックを受けました(笑)友達はよく観てくれていますが、いわゆる評価というものは、まだ僕のところには届いていないです。

MC:女性の多くからは「役所さんが演じられた阿南大臣の、夫として、父としての顔も見られたので、作品自体にもとても入り込みやすかった」という声がとても多いんですよ。

本木:先ほど役所さんにはちらっと見せたのですが、観に行っていただけた方から「役所さんの一見なんでもないようだけれど、ものすごくその人物の胸の内をたたえている演技が、非常に滋味深かった」と、「思わず『抱いてくれ』って思ってしまった」というようなメールもいただいていたりですとか(笑) 同級生も様々な感想を寄せてくれる中で、「観に行ったよ、妻と。パンフレットが高かった」って言っていましたけれども(笑) でも、パンフレットも合わせて読んでいただけると、より深く映画を知ることができると思うので、ぜひ宜しくお願いします。

MC:初日には息子さんもご覧になられたということで、感想が楽しみだとおっしゃっていらっしゃいましたが、お聞きになられましたか?

本木:はい、いろいろと聞きました。私が想像していた以上に息子は全体を理解していて、細かいことは抜きにしても、感情を追って観れたようです。子供の感想ではありますが、なぜもっと早く終戦にこぎつけなかったのかという彼なりのジレンマを感じながら……

原田:僕のところへ来てください。全部お話します(笑)

本木:もちろん当時の軍部や日本の細かい状況や、終戦に向かうことがどれだけ難しかった時代なのかということを、深く理解はしていないですが、戦争を知らない息子ながらに、それぞれの立場で苦悩していたというのは伝わったようなので、非常にありがたかったです。

MC:他にも「この方にはぜひご覧いただきたい!」という方はいらっしゃいますか?

本木:(監督からの耳打ちを受けて)今監督からお達しがありまして…私が言うのもおこがましいですが、皇室関係の方々にご覧になっていただいて、お叱りなり何なり受けたいと思っておりますので、ぜひ“皇居試写会”を催していただきたいと……。すみません、失礼いたしました。カットしてください(苦笑)

MC:そして本作は、若い方々にも多くご覧いただいております。そこで松坂さんにお伺いしたいと思います。同世代の方々もたくさん本作をご覧くださっているという状況を、どのようにお感じになられますか?

松坂:非常に嬉しく思います。僕自身、この映画をきっかけに、70年前に起きたことをしっかり見つめ直し、今を考えて、これから先の人たちに伝えていこう、という意識がとても高まりました。そして、こういったことは、僕らの世代がこれから担っていかなければいけないと感じているので、僕世代の方たちが今回劇場に足を運んでくれるというのは、すごく嬉しいことですね。もっともっと若い世代の方たちに観てほしいと思います。

MC:今松坂さんがこのようにおっしゃってくださっていて、監督も「10代の方には絶対観てほしい」とおっしゃっていらっしゃいましたが、監督自身が学生だったころは、戦争についてどのようなお考えでいらっしゃいましたか?

原田:僕が学生のころは、反戦運動が盛んだったので、もうそこで“戦争はいけないんだ”という意識はありましたね、ベトナム戦争も大きな出来事でしたし。僕自身は反戦運動をしていたわけではありませんが、やはり、時代の気分としてそういうのはありました。でも第二次大戦に関しては、やはり学校の授業ではなかなか教えてくれませんでしたね。僕自身は戦争映画を観て育ったのですが、5、6歳の頃から戦争映画を観始めると、どうしてもGHQ主導のアメリカ映画の戦争映画になり、ですから僕は最初はずっと連合軍側でした。その後、10代の途中からだんだんと日本の戦争映画を観るようになりましたが、ご聖断や昭和天皇に関することはずっと隠されたままでしたから、戦争の真実というのは全く分からなかったです。

MC:そして、ここからはあるひとつの企画をご用意させていただきました。
今年は戦後70年、そして明後日8月15日は終戦記念日です。本作でご覧頂いたように、改めて8月15日は終戦の日であり、また一方でこの日から、今の平和な日本が始まったとも言えます。そこで、本日は、登壇者の皆様に、“平和への想い、願いを表す一文字”をお考えいただきました。その文字に込めた想いをお伺いしていきたいと思います。

役所:「知」という字です。戦争のみならずいろんな国の歴史を知ることと、自分の国を知るということ、そして世界のいろんな国の人のことを知るということが、平和につながると思って、この「知」という字にしました。

MC:役所さんは公開前に海外メディアの方から取材を受けられていましたが、どんな印象でいらっしゃいましたか?

役所:今この時期というのは、テレビでも新聞でも戦後70年についての特集が組まれていますが、海外のメディアから「この戦争において日本は被害者だという立場だけで、テレビ番組を作っていないか」という質問がありましたね。そのように見えるということは、世界の方々に観てもらうときはいろいろなことを考えてアピールしなければならないな、と思いました。

本木:まったくそのままなのですが、「祈」という字です。今回昭和天皇を演じさせていただくにあたって、国を想い、世界の平和を心から願っていた、その祈りの像を体現させていただいたということもあります。そして、これは“心から願う”という意味ですが、「願」という字から感じるものよりも、「祈」という字から感じるものは、より慎ましく、厳かな感じがして、まさに「祈念」「祈祷」そういった響きが、日本のみならず世界に通じる言葉なのではないかと思い、自分でも平和を祈るというイメージを忘れないように過ごしたい、という思いでこの字にしました。

松坂:僕は「人」という字にしました。平和を壊すのも人だし、作るのも人だし、守るのも人だし、これから先、平和な時代を作り上げていくのも僕ら「人」だと思ったので、「人」という字に祈りを込めて、この字がいいなと思い、選ぶことにしました。

原田:「命」というのは、映画の中にあるセリフで入れようと思っていたんですが、義命派の政治家というのは出てきましたが、時運の赴くままになって義命派というのは拒絶されてしまいますよね。やはり日本に必要とされていると思うのは、こういう「義命」という言葉だと思うんです。それと同時に、平和ということを考えると、奪われた「命」だけではなく、奪った「命」との両方を考えないといけないと思うんです。そういう意味で「命」にしました。(文字が)滲んで見えるのは、何回も失敗して書いてしまい、それを重ねていくつもの「命」になっています。

◆最後のメッセージ

役所:このようなランタンも作って、宣伝部も必死です(笑) 僕たちも必死で、たくさんの方たちに観ていただきたく思います。8月15日に向けて、テレビや新聞でいろんな特集が組まれ、身につまされることが多々あります。戦争について表現するということは本当にデリケートで、難しいことがたくさんあると思います。この映画のバックグラウンドにも、戦場などで苦しんでいる人たちがたくさんいるということを、改めて感じることができました。この映画を観て、そういうところまで感じていただけるととても光栄に思い、より豊かな映画になるんじゃないかと思います。今後もこの映画を可愛がってください。今日はありがとうございました。

監督:封切られて肩の荷が下りたといいますか、ひと段落ついて、今回これまでの作品の倍以上受けた、取材の記事を読んでみたんです。そこで愕然としたのは、岡本喜八監督の1967年(公開の『日本のいちばん長い日』)作品をけなしているような言い方になっているんですね。これは僕自身の言葉の足らないところがあったと思います。この映画に関していろいろなところで舞台挨拶をしたときに、「我々はどこから来てどこへ行くのか、ということを考えてほしい」という話をしたのですが、肝心の自分がこの映画を作るときに、どこから来てどこへいくのかという話をしていなかった、ということをすごく反省しました。この映画は、岡本喜八監督の1967年の『日本のいちばん長い日』から来ています。そこが始まりなんですね。この作品を作るにあたって一番考えたのは、岡本監督が当時(作品を作るにあたって)やりたいけどやれなかったことがあるだろうと、そこのところを受け継いで作っていきたい、そういうつもりで作りました。それから尚且つ、今我々がこの作品を作ったときでも、まだまだ語れない部分があるんです。なので、もうひとつの『日本のいちばん長い日』というのが、また10年後か15年後かに出ると思います。やはりこの『日本のいちばん長い日』に関しても、どこから来てどこへ行くのかをこれからみんなで考えて、伝えていかなければならない。昭和天皇は正面に出てくることが出来ました。ですが、その昭和天皇を囲んでいる状況というのは、まだ日本の映画では出ていないんです。そういうことをこれからどんどん語る、いろんな形で議論できる、そういう社会になっていったらいいなと思います。とにかく戦争はいけないと、「軍をなくして国を残す」という決断をしたという意識を全うしつつ、この映画がひとつの指針になって、次の『日本のいちばん長い日』を生める、そういう時代が来ることを祈っています。今日は本当にありがとうございました。

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