猫組長の出身大学は?祖父は芥川賞作家の寒川光太郎! | 日本一のブログ

猫組長の出身大学は?祖父は芥川賞作家の寒川光太郎!

猫組長

猫組長は、かつて山口組系の組長を務め、兵庫県神戸市が出身地の異色の人物です。

大学を中途でやめた後、不動産業界を経て投資顧問業に転職しました。

経済バブルに乗じて成功を収めたものの、バブル崩壊により莫大な借金を背負うことに。

この時期、債権者であった山口組の一員の助けを求めたことが、彼のヤクザとしてのキャリアのスタートとなりました。

仕手戦やインサイダー取引の経験を積み、山口組が分裂した後は、その情報をTwitterで発信し続け、「ツイッター組長」として注目を集めました。

2015年には暴力団を引退し、正道へと戻りました。

彼はタックスヘイブンにも複数の会社を持ち、金融や経済の裏側に詳しいことで知られています。

現在は、「週刊SPA!」で西原理恵子氏と「ネコノミクス宣言」を連載しています。

彼は自らを「ネコノミスト」「ネコ評論家」と称し、熱心な愛猫家でもあります。

Twitterでは猫の画像を頻繁に投稿し、フォロワーを楽しませています。

専門分野はマクロ経済学、金融市場論、ファイナンスで、特に国際金融取引や投資に関して深い知見を持っています。

彼は「カタギ出のインテリ経済ヤクザ」としても知られ、その経歴と知識は多くの人々に影響を与えています。

経済ニュースやネットの炎上案件についても積極的に言及し、その見識をTwitterで共有しています。

また、カラヴァッジョの作品を高く評価し、その暴力性と才能に魅了されていると公言しています。

山口組の分裂騒動に関しても、メディアからの解説依頼があるほど、彼の知識と経験は広く認知されています。

この記事では、猫組長の出身大学、祖父は芥川賞作家の寒川光太郎なのかに焦点をあててお伝えしていいきます。

猫組長の出身大学は?

結論から言えば、猫組長の出身大学は公表されていません。

大学を中退後に不動産会社に就職ということだけを公にしていて、特定の大学名を出しているわけではありません。

渡世の世界にいたことから、大学のイメージを気遣って隠しているのかはわかりませんが、過去について全てをさらけ出しているというこではないということです。

ただ猫組長は非常に博識で、経済ヤクザだっただけに数字にも強い。

彼の立ち居振る舞いをみても育ちの良さはにじみ出ているので、どこかは不明ですが一流の名門大学に入学していたことは予想はできます。

神戸市で生まれた彼は、中学3年生の時に父親の転勤により東京へと移り住んでいます。

大学の学部だけは明かになっていて、経済学部ということです。

大学時代には日本が経済的な好景気を迎えていましたが、2年次に中退し、先輩が働く大阪の不動産会社での職を得ます。

この先輩がいたのが大阪というのが出身大学の鍵になるような気もします。

東京の大学から就職で大阪というのも普通に考えられることですが、猫組長が関西の大学に行っていた可能性も高い気はします。

*ネットで日本大学法学部経営法学科卒業という情報がありますが、これは「山口組分裂と国際金融―インサイダーが明かすヤクザとカネと世界経済の関係」という本を出した時の共著の渡邉哲也さんの学歴なので、ごっちゃにならないように注意です。

猫組長の祖父は寒川光太郎

猫組長の祖父は芥川賞作家との寒川光太郎さんです。

寒川光太郎さんの本名は、菅原憲光で苗字が一致、また猫組長本人もXで祖父の本についてポストすることが度々あります。

寒川光太郎さんは1908年1月1日 生まれで、1977年1月25日に亡くなられています。

北海道羽幌町出身で8歳で樺太に移り住み、後に法政大学英文科に進学しますが中退。

新聞記者、喫茶店経営、日本共産党員、雑誌編集など多様な職を経験しました。

1940年には樺太での生活が基となった『密猟者』で芥川龍之介賞を受賞し、北海道出身の作家としてはこれが初めての快挙でした。

太平洋戦争中は海軍報道班員として従軍し、フィリピンで捕虜となる経験をします。

戦後は大衆小説を執筆し、遺骨収集の政府への訴えに尽力しました。

家族には植物学者の父と、医学博士となる長男菅原光麿がいます。

ということで、猫組長のお父さんは医学博士、家系からみても高学歴であろうことは容易に想像がつきます。

猫組長の本名など深掘り

猫組長の本名は菅原潮(すがわらうしお)、1964年5月25日生まれです。

日本の投資家および評論家として知られています。

元々はヤクザの世界に身を置き、山口組やその分派である神戸山口組の下部組織、佐藤組の本部長、さらに三次団体である渡辺組の組長を務めた経歴を持ちます。

バブル経済の頂点にあった時、東京の証券会社で勤める先輩の誘いで、投資会社を立ち上げることになります。当初は成功を収めていましたが、1989年、25歳の時に仕手戦に失敗し、会社は倒産。

5億円の個人資産を失い、さらに2億円の借金を負うことになります。

この困難な時期に、山口組系の組長の助けを借りることで、経済ヤクザとしての道を歩み始めます。

新株引き受けやインサイダー取引、さらには石油取引を通じて、国際金融の知識と技術を身につけます。

後に借金が億単位だったことが首がつながった要因と語っています。

取り立てる方は、数百万と数千万だと怒りに身を任せ殺すという選択肢も出てくるようですが、億になると貸した方も必死なので、逆にさらにお金を貸してくれてこれでなんとか取り戻せとオファーしてくる傾向があるようですね。

猫組長の小指について

反社の人の象徴として小指の有無があげられると思います。

猫組長の小指はというと、御多分にもれず左手の小指がありません。

以前、カンニング竹山さんとユーチューブでコラボした際に、小指の話が出たことがあります。

カンニング竹山さんの疑問は、いろんな幹部や組長クラスの人でも若いころに下手打って小指をつめてるのかなというもの。

映画などでみるのは、へました下っ端に指をつめろと迫るシーンなどよくみますが、猫組長によると実際は違うのだとか。

上に立つ人間がことをおさめるために指を落として、それを相手のとこに持っていきこれでなんとか丸く治めてくださいという意味合いで詰めることの方が多いのだとか。

指詰めの起源は侍の切腹にあるということも猫組長は説明しています。

現代で腹を切るわけにはいかないので、その代わりに指を詰めることが普及していったようです。

任侠自体も、もともとは侍文化を継承しているものだそうです。

また指を詰めること自体はそこまで痛くないそうです。

輪ゴムで縛って神経が麻痺している状態で、ノミでポンッと落として簡単に済むそうですが、病院に行って縫ったりして麻酔がきれた後が地獄なのだそう。

一週間くらいはくしゃみをしても激痛が走るほどの痛みが続くと、猫組長は語っています。

猫組長は海外で逮捕歴も

猫組長は、2010年12月に英国ロンドンで逮捕された過去があります。

彼はカタールのドーハ国際空港からロンドン・ヒースロー空港ターミナル3へと到着した際、英国の捜査機関に逮捕されます。

逮捕の理由は、国際組織犯罪防止条約の第5条および第6条に基づく違反の疑いでした。

しかしながら、中央刑事裁判所において、猫組長の犯罪行為への直接的な関与が薄いと判断され、逮捕されたその日に保釈されています。

この出来事は、当時世界各地で発生していたイスラム過激派組織によるテロ事件の影響を受けていた時期であり、中東からの帰国者に対する警戒が強まっていた背景があったようです。

2012年にはタイで逮捕され、国際手配されていたこともありますが、2015年8月21日、山口組の分裂が報じられる直前にTwitter活動を再開します。

山口組分裂騒動の内部情報をつぶやき、独自の情報で注目を集めました。

2015年12月13日にはヤクザからの引退を表明し、評論家や執筆活動に専念する道を選びます。

その際、Twitterのアカウント名も「猫組長」に変更しました。

評論家としての活動は多岐にわたり、オフショア金融に関する寄稿や、文化・社会問題についての深い洞察を提供しています。

猫組長の出身大学、祖父の寒川光太郎に関するまとめ

猫組長こと菅原潮さんの出身大学については明かにされていませんが、父親が医学博士、おじいさんが芥川賞作家の寒川光太のということで、相当な高学歴であることは予想されます。

彼のユーチューブやXで発信される内容をみても、地頭、知識共に高レベルであることは一目瞭然です。

学生時代に中退して不動産業界に入り、年収2、3千万稼いでいたということですから相当頭の切れる人であることがわかります。

今現在も裏の情報に精通していて、報道されているニュースの裏側を解説してくれる猫組長を支持する人は増え続ける一方です。

最近では日本保守党の活動を応援していて、飯山陽氏の演説の様子を伝える姿も話題になっています。

週刊文春よりも裏を知る男、猫組長からは今後も目が離せないのではないでしょうか。

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